甚句には大別して盆踊唄と酒席での騒ぎ唄がある。その起源は諸説あるが、宝永~享保(1704~35)頃から、兵庫・大阪地方で流行した踊口説の代表歌「ゑびや甚九」が、甚九(郎)節(盆踊唄)として瀬戸内海沿岸から日本海沿岸に広まり、次第に各地に及んだとする説が有力。
 最も著名で各地で唄われていたのは越後甚句で「やとさのせ」や「やとせのせ」の囃子詞が特徴である。江戸の大ベストセラー『東海道中膝栗毛四編』(十返舎一九著)で、宮の熱田の按摩が唄った甚句の囃子詞は「やとさのせ やとさのせ」であり、諸種の文献資料から、この甚句は越後甚句だと判断される。
 では名古屋甚句の囃子詞「トコドッコイ ドッコイショ」はどこから来たのか?足助の近くの綾渡(愛知県豊田市綾渡町)に「綾渡の夜念仏と盆踊り」というお盆の行事がある。そこでは下駄が鳴らす音だけを楽器として、「越後甚句」から「甚句踊り」(足助綾渡踊り)まで10曲が踊られる。その「甚句踊り」(足助綾渡踊り)の囃子詞が「トコドッコイ ドッコイショ」である。名古屋甚句のルーツは意外にこの地方にあるのかもしれない。
(2015年10月24日、お披露目の会。
深谷 大氏・早稲田大学演劇博物館招聘研究員/愛知淑徳大学・中京大学非常勤講師の講話から)


「芸者殺すには刃物はいらぬ、甚句とめれば皆殺し」と言われるように花街に幅をきかせていたことが伺われます。幕末から明治にかけ、名古屋甚句は一般大衆に親しまれ盛んに唄われたものらしいのです。


正調名古屋甚句保存会では、様々な場で名古屋甚句を披露させていただき、正調名古屋甚句の継承に努めていきます。